むかしむかし、山と海に囲まれた桃郷という村に、心のやさしいおじいさんとおばあさんが住んでいました。 ある日、おじいさんが川へ洗濯に行くと、銀の光を放つ大きな桃が流れてきました。不思議に思って家へ持ち帰り、二人で割ってみると——中からあらわれたのは、赤ん坊ではなく、一寸ほどの小さな女の子でした。 肌は雪のように白く、髪は夜の闇のように黒い。二人はその子を「雪姫(ゆきひめ)」と名づけ、大切に育てました。 雪姫は小さいながらも身のこなしがすばやく、刺繍針を剣のように振るっては庭で舞のように稽古をしていました。村人たちはその愛らしさにすぐ心を奪われましたが、おじいさんとおばあさんだけは、雪姫がどこか遠い世界の秘密を抱えていることを感じていました。 ある晩、雪姫が月を見上げていると、山の方へ細い銀の光がすっと降りるのが見えました。それは呼びかけのようであり、警告のようでもありました。 その頃、海の彼方から黒い霧が立ちのぼり、恐ろしい咆哮が響きました。村の老人たちは震えながら言いました。 「百年に一度目を覚ます鬼島の大鬼が甦る前兆じゃ……」 村を守るため、雪姫は鬼島へ向かう決心をしました。心配するおじいさんとおばあさんに見送られたとき、川辺から一匹の白い亀がゆっくりと顔を出しました。かつておばあさんに助けられた亀で、雪姫を海の向こうまで運ぶと申し出たのです。 白亀の背に乗り、波間を進む雪姫。やがて白亀は海中へ潜り、彼女を伝説の竜宮城へ案内しました。水晶のようにきらめく城で、乙姫はこう告げました。 「大鬼が目覚めたのは、月の光を操る者がいるからです。その力の源——**月の羽衣(はごろも)**が奪われ、鬼の体に縫いつけられているのです。」 乙姫は「潮の息」と呼ばれる玉の壺を雪姫に渡し、危険なとき海潮を呼ぶ助けになると言いました。 鬼島に上陸すると、雪姫は大鬼に追われる**兎太郎(うさぎたろう)**と出会いました。祖先はかちかち山の兎一族で、罠や仕掛けに長けた頼もしい仲間でした。 二人と一匹は黒霧の森を抜け、ついに巨大な谷へ到着しました。谷の中央には、大鬼が銀の糸に包まれながら眠っていました。糸の先には、崖の端でひとり泣いている銀髪の少女がいました。 彼女の名は輝月姫(かぐやき)。月の民の末裔であり、無理やり「光の媒(なかだち)」として使役され、月の力を大鬼へ注ぎ込まされていたのです。 そのたびに彼女の命は削られていました。 雪姫が近づくと、大鬼は目を開き、谷全体が震えました。 その瞬間、輝月姫が驚いた声でつぶやきました。 「あなた……私と同じ、月の気配がする……?」 大鬼の咆哮が響きわたり、戦いが始まりました。 雪姫は針の剣を構え、兎太郎は火粉の罠を仕掛け、白亀は海から巨浪を呼び込みました。 乙姫の玉壺が割れ、潮の息が谷を覆うと、大鬼がたじろぎました。 そのとき——雪姫の体が月光を吸い込み、その姿がみるみる成長していきました。 彼女こそ、かつて月界から放逐され、地上の桃に宿った月の姫の忘れ形見だったのです。 光に包まれた雪姫は、輝月姫の胸元に縫い込まれた月の羽衣を力いっぱい引き抜きました。 月の力を失った大鬼は弱り果て、兎太郎の罠でついに煙のように消え去りました。 羽衣は空へ帰り、輝月姫の呪いも解けました。 戦いが終わると、雪姫の体はまた一寸ほどの小ささに戻りました。輝月姫は地上に残り、人と竜宮をつなぐ橋となることを選び、兎太郎は桃郷の守り神となりました。 白亀に乗った雪姫が村へ帰ると、おじいさんとおばあさんは涙を浮かべて抱きしめました。 その夜の月は、どこまでもやさしく輝いていました。 まるで、遠い遠い空の上から、誰かが雪姫を見守っているようでした。 こうして、雪姫の物語は桃郷に語り継がれ、今も子どもたちの夢の中で静かに輝いているのです。